最近の日本は、政・官・財の首脳陣から一般庶民に至るまで、自己を律する精神・意識の低次元化・立ち枯れ・根腐れが止まる所を知らず、その荒廃が益々広汎且つ顕著になってきたように見える。物質文明は進歩・発展を遂げてきたが、世はともすれば押しなべて拝金志向に走り、利己主義や刹那主義が横行し、衣食足りてなお礼節を忘れるの感が深い。そこには嘗て先人達が志した「身を浅く、世を深く思う」が如き平常の心構えは、地を払って見出す事が少なくなってきた。人は何を信じて生きていけば良いのか。

  こうした結果、汚職・贈収賄・癒着・強盗・殺人・暴行・放火・誘拐・性犯罪・各種詐欺行為・ストーカー・IT絡みの各種犯罪・万引き等が日常茶飯化している。しかも、近時は不法残留外国人絡みの犯罪の激増、暴力団の知能犯的暗躍等で、一般の国民は常に何らかの被害を身近に受け、この状態が放置されれば、平穏な社会生活は保証されず、社会が機能不全に陥る事は火を見るより明かである。殊に犯罪の対象が、児童・女性・高齢者・障害者等にまで及び慢性化しつつあることはゆゆしき事態と言わざるを得ない。戦後60年近く一応は平和であったせいか、一般に平和呆けになっているように思われる。

  こうした風潮・傾向を押し止め、矯正するにはどうしたら良いのか。これは国民一人一人の問題に帰する。いくら単に法律を作ったり改定したり、罰則強化のみでは一過性に過ぎす、根本的解決にならない。例えばモーゼの十戒ではないが、人を殺すなかれ、盗むなかれ等の法律以前の個々の心のあり方であろう。こうした意識改革の再構築こそが焦眉の急であると思われる。弱い者いじめ等昔は卑怯者とされ、指弾されるのが社会の暗黙のルールであった筈である。克己、誠実、責任感、努力、悪を忌避する高潔な精神等何時の世でも立派な資質であろう。昔時の日本人には現今よりは当然の事柄であったと思われる。

  さて、嘗ての日本人の例をあげてみよう。日本の台湾統治の初期に、現地に赴任した一人の下級の巡査があった。後に現地で住民から「現地の守護神」として祀られた人物で、神称を「義愛公」と言い、本名は森川清治郎である。森川は一般には横浜生まれとされているが、これは渡航前の住居があったと言うだけで、確証はない。最新の研究ではどうやら山梨県の出身者であったと思われる。台湾では戦前より現地の守護神として、時代の変遷にも拘らず今尚篤く信仰され、本宮からの分身による分霊先が数十社に及び今日に至り、本宮の神像の貸出しも行われている。台湾における義愛公研究家の一人、王振栄氏が2000年10月現在で纏めた義愛公伝を下記に紹介したい。直接の信者ではない王氏が、台湾人として義愛公に寄せる熱情と気迫が伝わってくる。王氏の記述は、奇しくも、混迷する今日の日本に対する時宜を得たメッセージであろうと思われる。なお、王氏は戦前の台南一中の出身で、2003年8月に急逝したので、本伝記は王氏の遺稿となった(合掌)。

  明治期の日本人が、異国の苛酷な勤務環境にあって、気概を以って信念を貫き、義に生きたその生き様は、今日の日本に警鐘を鳴らすものであろう。
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